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鮎川誠

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1: なまえないよぉ~ 2023/02/04(土) 22:16:28.45
先月29日に膵臓(すいぞう)がんのため亡くなったロックバンド、シーナ&ロケッツのリーダーでギタリストの鮎川誠(あゆかわ・まこと)さんの“ロック葬”が4日、東京・世田谷区の「星かげの迎賓館」で執り行われ、芸能関係者約900人、一般で約3100人の合計4000人以上が参列した。

葬儀場には、祭壇とは別に鮎川さんの「思い出の部屋」が用意された。レコードやポスター、暗譜などが飾られ、その部屋を通ってから祭壇のある部屋に入る導線となっていた。懐かしい写真やグッズをみて、スマートフォンのカメラで写真を撮る一般参列者も多かった。

祭壇はバルーンやダリアやバラなどの花で埋め尽くされ、ステージ衣装や愛用したギター8台、レコード15枚などゆかりの品で飾られた。遺影は、14年リリースのアルバム「ロケットライド」の際に撮影したもので、娘3人で話し合って決めたという。

妻で15年になくなったシーナさんの時と同様“ロック葬”と銘打ち、「RUMOUR」「BIG BOSS MAN」などの楽曲が会場に流れるなか、柄本明(74)小室哲哉(64)石橋凌(66)らも鮎川さんとの最後の別れを惜しんだ。

鮎川さんは自身ががんであることを公表しなかった。ファンに伝えたいことを問われ、長女の陽子(46)は、「お父さんは最後まで、死ぬまでロックするっていっていたんですけど、本当にその通りになったと思います。ファンの方々に本当に応援していただいて、シーナ&ロケッツのことが大好きで応援していただいたので、感謝しています」と話した。

★主な参列者 柄本明(74)石橋凌(66)小室哲哉(64)うじきつよし(65)松田美由紀(61)中村達也(58)Zeebra(51)ら。

2023年2月4日21時28分
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202302040001365.html


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https://natalie.mu/music/news/511657
2023年2月4日 21:13

なお本日の“ロック葬”では式場を訪れた人のほか、細野晴臣、坂本龍一、浅井健一、藤井フミヤ、堺雅人、サザンオールスターズ、福山雅治ら多くの著名人が供花を送って弔意を表した。

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1: なまえないよぉ~ 2023/01/30(月) 17:29:49.12
 ロックバンド「シーナ&ロケッツ」のボーカルでギターの鮎川誠さんが29日5時47分、膵臓がんのため亡くなったことが分かった。30日、公式サイトで発表された。74歳。福岡県久留米市出身。「めんたいロック」草分けの1人として1970年代から活躍し、「ユー・メイ・ドリーム」などのヒット曲も飛ばした。2015年に最愛の妻シーナさんに先立たれたが、遺志を継いで「シナロケ」の活動を続けた。

 公式サイトの発表によると、鮎川さんは昨年5月に膵臓がんが判明。医師から「余命5カ月程」という宣告を受けた。それでも「みんなに心配をかけたくないという強い希望から一切病気を公表せず」に全国ツアーを続行。「昨年末激しい腹痛により一時入院となるも、この1ヶ月間は医師の治療の下、ライブ復帰を目指して自宅で懸命に家族と回復に努めておりました」と伝えた。

 内田裕也さんが始めた恒例の年越しライブ「ニューイヤー・ロックフェスティバル」への出演をキャンセルし、1月8日に予定した京都のライブハウス「磔磔(タクタク)」での公演も取りやめてファンを心配させていた鮎川さん。関係者によれば、高熱が続き、22年末から重篤な状態が続いていた。最期は娘たち家族に見守られ、眠るように息を引き取った。

 1970年に篠山哲雄や柴山俊之らとサンハウスを結成。74年に九州大を卒業して翌75年にメジャーデビューを果たした。リードギタリスト兼作曲家を78年のバンド解散まで担当した。

 サンハウス時代に演奏を聴きに来たシーナ(悦子さん)と出会い、シーナの妊娠を機に76年に結婚。双子の女児のパパとなった。78年に夫婦で上京し、シーナ&ロケッツを結成。79年にイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)メンバーのサポートを受けてアルバム「真空パック」を発表し、シングル「ユー・メイ・ドリーム」が日本航空のCMに起用され、一躍ブレークを果たした。

 80年のYMO初の国内ツアーにはゲスト・ギタリストとして参加し、81年の武道館公演ではYMOとシーナ&ロケッツの共演が実現した。88年には米ニューヨークのCBGBでライブデビューを果たすなど、海外にもその名をとどろかせた。

 15年2月にはシーナさんが子宮頸(けい)がんのため61歳で急逝。喪失感の消えないまま、シーナさんの遺志でバンド活動の継続を明言。鮎川さんがボーカルを務め、オリジナルメンバーの奈良敏博、川嶋一秀とトリオで全国を回った。

 音楽だけでなく、俳優としても存在感を発揮。フジテレビ「愛情物語」(93年)、NHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」(01年)には那覇在住のロックの師匠役で出演。08年には「ジャージの二人」で堺雅人(49)の父親役を演じた。

 長女はモデルの鮎川陽子(46)、次女の鮎川純子(46、JUNK THE RIPPER)と三女の知慧子(LUCY MIRROR)はロックバンド「DARKSIDE MIRRORS」で活躍中だ。

 私生活では優しいパパの顔をのぞかせていた鮎川さん。今ごろは天国でシーナさんと再会し、娘達の活躍を祈っているに違いない。

1/30(月) 17:07配信 スポニチアネックス

https://news.yahoo.co.jp/articles/3aa6742b847136157e5465e56916253c5a9cd4ab

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